尾道の焙煎専門店
「珈琲豆ましろ」と私のこと。

子どもの頃は、夢中になれることを得意にできている自分がいた。
社会に出てから気づいた。
苦手なことをやり続けて、結果を出すには能力がいるということを。
成長できない自分に日々焦りを感じ、お金をもらって働くことにもどこか後ろめたさを感じていた。
「このままでは自分がダメになってしまう。失敗してもいい。『得意なこと』を見つけて自分らしく生きたい」
私は今、尾道の向島に暮らし、ロースターを生業としています。
ここでいう「得意なもの」は、私にとって「珈琲豆の焙煎」。
「得意なもの」を見つけたことで、私の人生は大きく舵を切り、自分らしく生きることに躊躇いがなくなったような気がします。
それはなぜなのか?
理由をお伝えするには、まず、私とコーヒーとの出会いからお話する必要があるかもしれません。

Chapter 1
父と私と、そしてコーヒー
広島県広島市安佐北区。広島市の中心部からは少し離れたいわゆるベッドタウン。ここが私が生まれ育った故郷です。3兄弟の末っ子として生まれ、兄たちとは年齢が離れていたこともあり、とりわけ父からの愛情を受けて育った記憶があります。
その頃のことでもっとも鮮明に覚えているのが、父と2人きりで通った喫茶店のこと。街によくある昔ながらの喫茶店でしたが、鼻をくすぐるコーヒーの香りは、幼い私にとって「大人の世界」を感じさせるものでした。父がいつも注文していたのは、ブレンドコーヒー。熱いコーヒーを味わう父の表情はとても穏やかで、私は大好きな漫画を読みながらも、その表情をチラチラと眺めていたものです。
言葉を交わすことは少なかったものの、記憶の中にあるそのひとときは、父の優しさに包まれていた特別な時間でした。
父と私と、そしてコーヒー。幼い頃から、コーヒーは私にとって父との繋がりを強く意識するものだったのです。
ですが、年齢が上がるにつれ、2人で喫茶店を訪れることは少なくなりました。思春期を迎えた頃にはだんだんと家族との時間を持つことも避けるようになり、父の問いかけにすら、返す言葉は一言二言。サッカーに明け暮れる日々を過ごしつつ、チームメイトや友人との距離感さえわからなくなっていた時期もあります。人付き合いが苦手。そんな思いを持ったまま、大学進学を機に実家を離れ、私は東京で暮らし始めました。

コーヒーとの再会
大学でもサッカーを続け、本気でプロをめざしていた時期もあります。しかし、多くの選手と同じように、その夢は叶うことなく終わってしまいました。それでも、サッカー以外に持て余したエネルギーを費やすものはなく、ひたすら練習に明け暮れる毎日でした。
ある日、自宅に招いてくれた先輩が、朝食として出してくれたトーストとインスタントコーヒー。その香りを久しぶりに感じた瞬間、懐かしさとともに、喫茶店で過ごした日々が蘇ってきました。「父と私を繋げるコーヒーのことをもっと深く知りたい」、そんな気持ちが湧き上がったのです。
父と私と、そしてコーヒー。
ふと蘇った幸せで穏やかな感情は、再び私とコーヒーを結びつけました。
それからは、時間を見つけては喫茶店や珈琲豆店を巡り、自らドリップも楽しむようになりました。正直なところ、初めの頃は、コーヒーを嗜む自分に酔っていた節もありますが、そのうちに、好みの香りや味も意識するように。
コーヒーは私の生活の一部となり、平凡な日常に変化をもたらしてくれました。次第に珈琲豆によってさまざまな表情があることも知り、その探究心は増していきました。

「自分らしく生きる」とは
さて、サッカーとコーヒーで綴った大学生活が終わり、サラリーマンとなった私には、一つの目標がありました。
「海外で自分の力を試してみたい」。
仕事の環境にはそのチャンスもあったはずでしたが、入社して数年経った頃、現実の厳しさを思い知らされました。そう、私は大きな挫折を経験したのです。
このまま理想とは違う世界で働き続けるのか…。悶々としていた私の視点を変えてくれたのは、当時付き合っていた妻の一言でした。
「あなたらしく生きるには?」
自分らしく生きること。
それは、「得意なもの」に情熱を注ぎながら生きていくことに他なりませんでした。真っ先に思い浮かんだのは「コーヒー」。大げさに聞こえるかもしれませんが、コーヒーだけが、自分らしく生きられる術だと感じたのです。ただし、喫茶店の店主ではなく、ロースターを選んだのは、相変わらず人付き合いが苦手、という意識があったから。
こうして、私の人生はコーヒーの世界へと大きく舵を切りました。


Chapter 2
ロースターを志す
とはいえ、私が焙煎について詳しかったかというと、そんなことはありません。恥ずかしながら素人同然。コーヒーに対する思い入れはありましたが、単なるコーヒー好きの一人に過ぎませんでした。
それでも、コーヒーと関わり生きていきたい。そう思ったのにはもう一つ理由があります。
社会人になってしばらくたった頃のこと。久しぶりに実家に帰った私は、日々の習慣になっていたコーヒーのドリップに取りかかりました。
お湯を沸かし、ドリッパーにセットしたコーヒーにゆっくりと注ぐいつもの手順。するとすぐに、湯気とともにいい香りが立ち上り、キッチンから居間へと広がっていきます。気がつけば、その香りに引き寄せられたのか、家族がダイニングテーブルを囲んでいました。そして、人数分のカップにコーヒーを注ぎ、それぞれに手渡すと、誰からともなく会話が始まりました。他愛もない話題でしたが、穏やかで心地いい時間が流れていたことはよく覚えています。何年ぶりかの家族の時間。そこには笑顔と温かなコーヒーがあったのです。
家族との平和なひとときをもたらしてくれる。家族が大切な存在だと気づかせてくれる。コーヒーにはそんな力があります。
もちろん、私に限ったことではありません。皆さんにも、コーヒーを通して大切な人たちとのひとときを分かち合ってほしい。この思いもまた、ロースターを志した理由です。
こうして始まったロースターとしての歩み。ご存知の通り、焙煎の知識も、ましてや経験もなかった私は、相変わらず喫茶店と珈琲豆店を巡りながら、店主に焙煎についての話を聞いたり、講習会に参加したり、本やネットで知識を集める日々でした。
そのうち、生豆を買い、自分で焙煎を手がけるようにもなりました。もちろん最初の頃は、お世辞にもおいしいと言える豆は焼けず、何度も落ち込んだものです。ですが、失敗を重ねるうちに、火力や時間などを微調整できるようになり、焙煎に自信が持てるようになった頃には、マルシェでお客様に振る舞うようにもなりました。「おいしいコーヒーだね」。そう言ってもらえる度に、少しずつですが、焙煎が私の「得意なもの」になっていったような気がします。

尾道との出会い
焙煎の経験値を高める一方、ロースターとしてどの地で再出発するかということは、私にとっての大きなテーマでした。唯一心に決めていたことは、海を感じられる場所に店を構えるということ。瀬戸内海を見て育った私にとって欠かせない条件でした。
その時に思い浮かんだのが、「尾道」という街。
尾道には、幾度となく観光で訪れていましたが、そのノスタルジックな街並みと、人を温かく包み込むような優しい雰囲気には、いつも惹かれるものを感じていました。駅に降り立つと目の前に広がる尾道水道。商店街を楽しそうに会話しながら行き交う人たち。私自身もそんな光景の一部になれたような気がして、なんだか心が弾んだことをよく覚えています。
私が初めてこの街を訪れたとき、こんなエピソードがありました。
ゴールデンウィークということもあり、観光客で溢れかえる街は、駐車場の前にも長蛇の列。車の中で困っていた私に声を掛けてきたのは、その様子を見兼ねた近所の床屋の店主でした。
「うちの店の駐車場に停めんさい。ついでに自転車も貸すから、しまなみ海道でも走っといで」
人を迎え入れる懐の深さとおおらかさは、一瞬にして私をこの街の虜にしました。
その数年後、ロースターを志し、再び訪れた尾道。
「再出発する場所はここしかない」
言葉で説明するのは難しいですが、直感的にそう感じたのです。中でも、尾道水道の対岸にある「向島」は、ゆったりとした時間が流れ、程よく人の暮らしを感じられる場所。不思議なことに、この島で珈琲豆店を営む自分の姿を想像することができました。
そして2017年12月、「珈琲豆ましろ」を開店。ここでの新たな暮らしも始まりました。


Chapter 3
「珈琲豆ましろ」
迎えたオープン当日。ありがたいことに、この街で知り合った方やSNSを見た方など、予想以上にたくさんのお客様に足を運んでいただきました。「いらっしゃいませ」の挨拶から、豆の説明、販売まで、あたふたと動き回りながら、瞬く間に時間が過ぎたことを覚えています。
オープンにあたり、商品ラインナップで意識したのは、お客様の生活スタイルに合わせてコーヒーを楽しんでいただくということ。アフリカや中南米、アジアなどで栽培されたスペシャルティコーヒーを基に、一手間かけたい方にはドリップ用の豆を、手軽にコーヒーを味わいたいという方にはダンク式コーヒーバッグを用意したりと、それぞれの暮らしに沿った提案ができる品揃えを心掛けました。
そのおかげで、次第に「コーヒーの知識がなくても気軽に立ち寄れる珈琲豆店」として覚えていただき、コーヒーの楽しみ方を伝える機会も増えていきました。同時に、お客様の声を反映させながら品揃えを充実させ、コーヒーへの入り口を広げていきました。浅煎りから深煎りまで、好みに合わせて選べる豆の種類を増やしたり、カフェオレベースやデカフェも取り入れたりとバリエーションも豊富に。「珈琲豆ましろ」のオープン以来、お客様目線でコーヒーを提供できるロースターであることは、私の信念となりました。
記憶の中にある父との思い出や、コーヒーを飲みながら家族と共有した穏やかな時間。振り返ると、コーヒーには大切な人との平和なひとときをもたらしてくれる力があると実感します。「珈琲豆ましろ」のコーヒーをきっかけに、皆さんにも、大切な人たちとのひとときを分かち合ってほしい。オープンの時も、そして今も、変わらずに持ち続けている願いです。

こだわり
ロースターとしてのこだわりも、少しお話ししようと思います。
まずは、焙煎前のハンドピック。クオリティーが確かなスペシャルティコーヒーといっても、ごくわずかに「欠点豆」が混入していることがあります。そのままにしておくと、せっかくの豊かな香りや味、風味が損なわれてしまうことも。それを防ぐためには、丁寧なハンドピックが欠かせません。
次に焙煎。使用している焙煎機の癖を知り、火力と時間を微調整することで、スペシャルティコーヒーが持つそれぞれの個性を最大限に引き出しています。焙煎には、季節によって変化する気温や湿度などの外的要因が大きく影響しますので、データの記録と分析も重要。ただし、その仕上がりを見極める最後の決め手は、ロースターとしての経験値かもしれません。焼き上がった際のふっくらとした豆の表情を見逃さないこと、豆が発する静かな声に耳を傾けることも大切だと感じています。
さらに、焙煎後にも再度ハンドピックを行います。色づきや火入れが不完全な豆を一粒一粒取り除くことで、より焙煎豆としての完成度が高まり、雑味のないクリーンな味わいを楽しめるコーヒーに仕上がります。

いまとこれから
「珈琲豆ましろ」では、使用する豆やそれらの組み合わせ、焙煎の具合などによって、甘味、酸味、苦味など、それぞれの違いを感じていただけるようバランスよくラインナップを取り揃えています。数種類のシングルオリジンに加え、「ましろブレンド」、「むかいしまブレンド」、「せとうちブレンド」の3種類のブレンド、また、お客様の生活スタイルに合わせてコーヒーを楽しんでいただけるように、ダンク式コーヒーの種類を充実させ、手軽なカフェオレベースや、水出しコーヒー、デカフェもご用意しています。
さらに、コーヒーを通して、この街のことをより多くの方に知ってもらいたいと思い、尾道の猫をモチーフにした「ゆるねこむかいしまコーヒー」、向島の中学生にパッケージイラストを描いてもらった「向島中美術部コーヒー」、尾道ブルワリーさんとのコラボ商品「ましろコーヒーポーター」なども手掛けています。
私が大好きな尾道、向島、そしてそこに暮らす人たちのあたたかさを感じていただける商品です。
2017年のオープン以来、「珈琲豆ましろ」には地元の方や観光の方など、多くの方に足を運んでいただいています。本当にありがたい気持ちでいっぱいです。
コーヒーを通して、大切な人たちとの幸せなひとときを分かち合ってほしいと願い、ロースターとして歩んできた数年間。コーヒー好きの一人に過ぎなかった私ですが、今では珈琲豆の焙煎を「得意なもの」と言えるようになりました。そして、その「得意なもの」に情熱を注ぐことで、自分らしく生きることに躊躇いがなくなったような気がしています。
さて、これからの「珈琲豆ましろ」ですが、お客様との出会いの場を少し広げてみたいとも思っています。ただそこにいるだけで幸せを感じ、落ち着ける一方で、心がワクワクと躍るような居心地の良い場所。一人でふらっと立ち寄って気持ちをリセットできる、隠れ家のような場所。イメージはどんどん膨らみます。
でもなにより大切にしたいのは、「自分らしくいられる場所」だということ。それに尽きるかもしれません。
幼い頃から今日までの私のこと、「珈琲豆ましろ」のこと、最後までお読みいただきありがとうございます。もし、ご興味が湧きましたら、どうぞ「珈琲豆ましろ」にお越しください。私の「得意なもの」について、さらに詳しくお話しできると思います。そして私自身についても。
ここ向島で、皆様のお越しをお待ちしています。


